なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

映画『泥の河』感想

ネットフリックスのおすすめに出てきて、何の気なしに見たら名作だった。調べてみると、有名な作品らしい。1981年の映画だけど白黒なのがいい感じ。ネタバレあります。


泥の河

1956年の大阪。うどん屋の息子ののぶおは、同じ年頃の少年きっちゃんと仲良くなる。父親はすでに亡くなっており、きっちゃんは姉のぎんこと母親の3人で古びた舟の中で暮らしている。その家は、母親が舟の中で売春をしていることから町の男に「廓舟」と呼ばれている。のぶおの部屋の窓からは、いつも川に浮かぶその舟が見える。のぶおはきっちゃんとぎんこを家に呼ぶなどして頻繁に遊んでいたが、ある日きっちゃんの母親が売春をしている様子を見てしまう。のぶおときっちゃんが疎遠になっていたところ、舟は突然どこかに移動し(移動させられ?)始める。家を飛び出し、のぶおはきっちゃんの名前を呼びながら必死に舟を追いかける。しかし応える声はなく、立ちつくすのぶおであった……という話。
言葉で説明するのが難しいけど、とにかく細かいところまで工夫されているいい映画。
とくにのぶおの両親がきっちゃんとぎんこの家の事情を知りつつ、温かくもてなすシーンが好き。のぶおがきっちゃんの母親は普段何をしてるのかと聞くと、とっさに話題を変えようとするのぶおのお父さんがなんとも優しい。お父さん役は田村高廣さんで、演技が素晴らしくて本当に「大阪の気のいいおっちゃん」らしい。粗野な感じもするけれど、目つきや笑顔がとても優しい。でもただ優しいだけのおじさんではなくて、うしろぐらい過去を引きずりながらも日々を生きている人で。戦争で仲間は死に、自分は生き残ってうだつの上がらない生活をしているというやりきれなさや、前妻を捨てて別の家庭を持ったことへの罪悪感を抱えている。だからこそ人に優しくなれるのかなと思いながら見た。お父さんが読んでいる新聞に「もはや戦後ではない」と書いてあるのだけど、日本が復興して経済成長を遂げる波にうまく乗れなかった人も当然いるわけで。
あと、ぎんこちゃんがのぶおのお母さんからワンピースを貰ったけどすぐに返してしまうところが切なかった。ワンピースを着たときに「べっぴんさんねえ、やっぱり女の子はいいねえ」と言われたときのぎんこちゃんの何とも言えない表情。単に照れたとか、身の丈に合わない格好だと思ったようには見えなかった。まるで「女性として見られる」ことを怖がって、拒絶しているように見えた。きっちゃんのお母さんがのぶおから「おばちゃんのほうがきれいや」って言われたときの表情と似ているように感じた。このきっちゃんのお母さん役の加賀まりこが、ぼろぼろの舟の中で異質な美しさをたたえているのがまた……。貧乏でも客を取るために身奇麗にしているのが痛いほどよくわかる。序盤の「黒砂糖あったやろ。あれあげて、あんまりここへは来んほうがええ言うてやり」って台詞と声色に優しさがにじみ出ていて切ない。しかも、たとえ部屋を分けていても声は筒抜けになるような狭い舟。きっちゃんが蟹を燃やして見せるシーンからのぶおが舟の窓の外から売春を見てしまうシーンは見るのがいたたまれなかった。でもきっちゃんがのぶおを舟の中に呼んだのは、自分がお祭りでお金を落としてしまって何にも買えなかったから、せめて面白いものを見せたいという気持ちだったんだと思う。
登場人物は皆誰も悪人ではないのだけれど、だからといって大きな成功を収める者は出てこない。どんよりした不幸と何気ない幸せの両方が自然に描かれていて、良かった。