なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

記憶を集める

ラインハルト・カイザー編著、鈴木仁子訳『インゲへの手紙―ある真実の愛の記録』(1998年)を読んだ。
ボローニャで偶然出会ったユダヤ系ドイツ人のルドルフと、スウェーデン人インゲの恋愛を著者がひもとく。
訳者あとがきには、著者のカイザーが自身を著者ではなく「発見者」と言っていたことが書かれている。「発見者」のカイザー氏は、オークションで古い切手類と共に売られていたルドルフの手紙に興味を持ち、手紙を基に二人の道筋をたどった。

手紙のやりとりをしていた時期は1935~1939年。ドイツでユダヤ人迫害が激化していった時期と重なり、ルドルフの手紙からもそうした深刻な状況がうかがえる。
二人はボローニャで出会ってお互いの国に帰った後も、厳しい条件を乗りこえて何度か会っている。インゲの手紙はほとんど残っていなかったようだけれど、ルドルフの手紙の文面だけでも、深く信頼し合っていたのが伝わってきた。

ルドルフは、ドイツ人の女性と浮気して性交渉をして捕まったり、最後にはイルゼという別の女性と結婚したりと人間味あふれる様子。本の後半でインゲが生涯独身だったという記述があったので、彼女が少し可哀想かなと思った。ただ、遠距離恋愛に加えて厳しい迫害で職を点々とし、住む所も追われて明日のこともわからないルドルフにとっては、身近な支えが必要だったんだろう。途中、望みが尽きて自分のことを忘れて幸せになってほしいと書く手紙はいたましかった。ルドルフは自分の浮気や結婚について包み隠さず知らせているけど、インゲはどんな返事をしていたのか気になる。
終わりもまた突然で、当時こんな風に終わってしまった関係がいくつもあったのかと考えた。
著者が二人の恋愛を書籍化するまでの経緯も含めて、映画のような話だった。後半で過去の手紙と現在が結びつく部分を読んでいて、映画「リスボンに誘われて」を思い出した。