なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

休日の午後に

この間読んで、とても良いなと思った記事がこちら(やっとこういうリンクの貼り方がわかった)。

meghisa.hatenablog.com

この記事で、小室さんの歌詞は、毒にも薬にもならない内容をずっと話し続けてくれる、深夜の長電話の相手みたいだと書かれている。今のSNSと似た「嘘っぽいけれど手放せない希望のようなもの」だったとも。まさにそうだなとしっくりくる表現だった。
小室さんの歌詞は日本語がおかしいとよく指摘されるけど、それがかえって現実の会話や独り言のような印象を与えて、魅力的だと思う。宇多田ヒカルが以前、「自分の曲は、部屋で一人でヘッドフォンをつけて聴いている人に話しかけているイメージ」といった話をしていたけれど、それに少し似ている。あと、あまりシチュエーションが限定されない歌詞だから聴き手が感情を乗せやすいのだと思う。小室さんの歌詞に至っては、「いつからか誰かが私を汚してふさいで いつからか誰かが拾って救って」(globeのFACES PLACES)という調子で、驚くほど状況説明が少ない。例えばglobeのDEPARTURESも、「前髪が伸びたね 同じくらいになった 左利きも慣れたし 風邪も治った」という日常の描写から「愛が夢を邪魔する 夢が愛を見つける」という抽象的な表現に飛んでいて少し難解だ。全体で見ると、ある二人が付き合ってある程度時間が経過して、今後も一緒に過ごすと心に決める(結婚?)話なんだろうけど。余計な説明がないので、色んな読み方ができる。
「長電話の相手みたい」な歌詞と言うと、globeのアルバムLove againが一番近いかな。
Love again

Love again