なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

カネコアヤノ『よすが ひとりでに』レビュー

台風が来るらしい。朝ちょっと散歩に出たけれど、雨が本降りになってきたからすぐに帰宅。外で景色を見ながら歩くのと家で運動するのはだいぶ違う。さっそくごろごろモードに入っている。今日は好き勝手に食べ、ちょっとお酒を飲みながらエキシビジョンマッチを見ようと思う。完全に休日の40代男性。

今日はカネコアヤノのアルバム『よすが ひとりでに』について所感をつらつら書く。

0. 前置き

よすが ひとりでに』は、『よすが』というアルバムの弾き語りバージョン。最後の「追憶」が入っていない以外は、曲目は同じ。『祝祭』『燦々』も同じようにひとりでにver. があり、通常ver. ももちろん良いけどよく聴くのは「ひとりでに」のほう。このアルバムはずっと発売を楽しみにしていて、配信当日にDLしてCDもすぐ買ったけど、あんまり大事すぎてなかなかレビューできなかった。そのうえ、「こういう思いなんじゃないのかなあ」と想像していた部分や「ここが好き」と思ったところを全部突いてくれる素晴らしいインタビューが出てしまって。ありがたいとともに、もう私の書くことないやん!と思って躊躇していた。でも書く。

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このアルバムは、過去作に比べて直接的で感情に訴えかける表現が多く、コロナ禍という世相を意図的にではなく自然に反映している印象。しかもそれが心地よかった。「コロナ禍でも気持ちを強くもって新しい幸せを見つけていこう!」みたいなやみくもな空元気を押しつける作品ではない。日常にあるかすかな希望も、でもやっぱりしんどいわという鬱屈した感情もそのままに描いているのがとても好き。気力がなくなっているときに慰めてくれるようなアルバム。あと、いつものことながら曲名のセンスが好み。ださい曲名の名曲もあるけれど、曲名が好みだとなおうれしい。

以下、曲ごとの簡単なレビューです。

1. 抱擁

この曲大好きで…語彙を失うぐらい好き。ライブでお気に入りの「抱擁」と「孤独と祈り」を序盤で聴けてしばらく放心していた記憶がある。

語りの視点は現在にあるけれど「過去」を強く意識させる歌詞が魅力的。カネコアヤノの曲はこれまでそんなに過去を意識させる曲はなかったように思うので、新鮮だった。アヤノちゃん本人がラジオで話されていたこととちょっと重なるところもある。人間関係のなかでのちょっとした不和が積み重なって決定的な破綻につながってしまった、「水が溢れてしまった」ことを振り返る内容かな。そういうコミュニケーションのなかでの「爆発」を完全には否定していない、必要なこともある、でもやっぱり悲しいという気持ちを表現している歌だと思っている。ちょうど初めて聴いたとき、自分の心境と重なるところが多かった。

MVが良すぎて公開当時眠れなくなった思い出。


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2. 孤独と祈り

この曲大好きで…まあ全曲好きなんだけど、とくに好き。「今日はなにも進んでない 退屈なんだ この街のせいにしてる」とか「映画を見た 最後は死んだ彼女の 真昼に見た それに救いがなくて おもわず外へ出た」とか、肌感覚としてよくわかる。特別ではないふつうの閉塞感を感じさせるなかで、「時刻はam3時33分 揃ったスロットみたい ラッキーなベイビーさ」という歌詞が入ってくるのが良い。何にもないけど、むしろ何にもないから夜更かししてしまったときにぞろ目の数字を見る。それをちょっとラッキーと思えるのが小さな光のような気がする。

3. 手紙

手紙を書くのって素敵だけれど、けっこう一方的でエゴイスティックな行いでもある。ちょうどアヤノちゃんにファンレターを書こうとしていたときに「動かせその欲望を」と歌われて、ちょっと背中を押された。でもまだ内容に悩みすぎて書けていない。

「君の笑う その隙間に ほんとの少し居られたらいい 久しぶりに食べた果物 みたいな気持ちだよ」っていう幸福の表現がほんとうに好き。

4. 星占いと朝

ファンになって少し経ったころに発売された覚えがある。明るくて優しい曲だけど、力強さもある。「いけしゃあしゃあと平気なふりをしたい」という出だしがいかにもアヤノちゃんらしい。「こないだ見た嘘くさい占いなんて嘘だよ」と言い切ってくれる歌詞に救いがある。


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5. 栄えた街の

これもまた大好きな曲。曲調も歌詞も好き。「今年はもうきっと何処へも行けない 憎らしい暑い夏も 今では恋しく思えるよ」という出だしにもう心をつかまれる。

「栄えた街の夢よりも争うことから いつまでも守りあおうね 私たちは」「上手に泳げなくても ふたりだけは」という箇所も好き。去年・今年の話にかぎらず、社会的な高みを目指すというよりは自分の幸せを求める時代になってきたのかなあという気がしていて。というか、私自身がそういう気分なだけなのかもしれないけど。上手に泳げなくても、という(ほぼ)無償の許しは、一対一の人間関係にこそ生まれると思う。

6. 閃きは彼方

この曲ももう…大好きです。「僕らの日々へ僕らが誠実であれよ」という歌詞がいきなり刺さる。ピースの又吉さんがこの曲について熱く語っていたのもうれしかった。(下の動画の6:40~)


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「気づけば怖いくらい強くなったね 今は意味がない 会って話したい 君と 触りたい 君を 話がしたい 君と」という切実さがまた印象的。「やりなおせるよ 元通りじゃない」という歌詞にも、今の悲しさと希望が端的に表されている。


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「ちょっとへこんだわあ、友達(or恋人)と会おう」みたいなことが当たり前ではなくなって、怖いくらい強くなった気がしていたので。

7. 春の夜へ

じわじわ好きになった曲。「昼過ぎ起床の今日の朝へ」という出だしがすでにいい。アヤノちゃんの曲は一番最初の歌詞から刺してくるような曲が多い。なぜか「歩幅が合わなくなってきても」を「ホホバが合わなくなってきても」と聞き間違えていて、やけに限定的な話題だなあと誤解していた。

静かな曲調だけれど、「勝手ばっか考えろよ今日だけ 好きなことができるよ 僕たちはさ」という歌詞を聴くたびに元気が出る。

8. 窓辺

「嫌で解ける日々を編む 少しずつよくなってけばいいね」ってまさに今の心境だな…と思う歌詞。共感できる、というとちょっと軽く聞こえるというか、共感できさえすればいいわけではないんだけど。心の奥底にあるけれど言葉にはできていない気持ちを表現してくれている気がして、ほっとする。

9. 腕の中でしか眠れない猫のように

キャッチーで聴きやすい曲。アヤノちゃんが愛猫家なのもあって、猫のモチーフがよく活きていると思った。「ねえ 悪い夢の話を聴いて」という歌詞が語数以上の色んなことを物語っている。人の夢の話ってよくつまらない話題の代表みたいに言われるけれど、私はけっこう人の夢の話を聞くのが好きで。それは、内容どうこうより、夢の話をしてくれるほど信頼されているように思えてうれしいし、他愛ない話をおもしろく思えるのが良い人間関係だと思うので。しかもこの歌詞では「悪い」夢。より話しにくい話題を話したい相手が歌詞の余白にいるのが良い。


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10. 爛漫

これも大好きな曲。好きな曲と大好きな曲しかないな…。他の曲よりも抽象的な歌詞のなかに、「わかってたまるか」と入るのがアヤノちゃんらしいと思った。「自暴自棄よりもはやく走るしか明るい部屋はないんだよ」という歌詞も好き。静かで力強い曲に「爛漫」というタイトルをつけるのも凄い。終わりまで美しいアルバムだった。


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見返すとほぼ好きしか言っていない。良いアルバムでした。