なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

経験と実感

昔、ほんの数年間だけ義父がいた。母の再婚相手だったが、一緒に過ごした時間は少なく、幼かったからあまりちゃんとした記憶もない。私が「いつになったらあの人と別れるの?」と言ったことがあるらしいけどそれも覚えていない。本当に義父が嫌な奴だったのか、突然家族の中に知らない人が入ってきて抵抗感を覚えたのか。いずれにしても、当時の私は結婚が重大な契約事だとか一生ものだというふうに認識していなかった。成長して、離婚が珍しくない現代とはいえ、結婚はほぼ永続的なものだと思われていると知っても、実感がわかなかった。いまだにそうだ。裕福な人と結婚して仕事を辞めたいという話を聞くと、別れたときの経済的な不安を想像したり、なぜ結婚に対して絶大な信頼を抱いているのか疑問に思ったりした。
経験は貴重であると同時に恐ろしい。自分の一つの経験が、何よりも大きな実感を生み出してしまう。たとえば義父と良好な関係を築いている例を100件知ったとしても、私は「義父」と聞くと身構えるし、複雑な事情を勝手に想像するだろう。経験していない事実を、偏見なく見つめるのは難しい。最近の痛ましいニュースを見ながらそんなことを考えていた。