なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

淡々と

映画「海よりもまだ深く」見終わった。ネタバレあります。


映画『海よりもまだ深く』予告編

良い作品だった。名画座で上映されるヨーロッパの映画のような雰囲気。私はあまり「何も起こらない」映画のムードを感受性豊かに楽しめないし、かといってジェットコースターみたいな展開をする映画はもっと苦手だ。見ている側は気楽にそう言えるけど、作り手の側はそのバランスを保つのが難しいだろうと思う。
新人賞を一度取ったきりで売れていない小説家の篠田(阿部寛)は興信所で働きつつ、ギャンブルでお金をすったり、元妻とその彼氏のデート現場を尾行したりしていて全くうだつが上がらない。月一で息子と元妻(真木よう子)に会える日も、養育費を払えず冷たくあしらわれる。息子を連れて実家に帰った日に、母(樹木希林)の強い勧めで元妻・息子も泊まっていくことに。台風の一晩を元妻、息子、母と話しながら過ごし、次の朝からまた元通りの生活に戻る。元妻は新しい恋人と結婚する意思を固めているようだし、篠田もいつもどおり養育費を催促される。息子も大人しくそれを見ている。母が団地のベランダから手を振っている。
2時間を通して何も目に見える変化はないけど、もしかしたら篠田の心境は少し前向きになったかもしれない。でもそれでバリバリ小説書いたり、興信所を辞めて堅実な職に就いたり、夫婦のよりを戻したりする展開はない。怪しげな所長(リリー・フランキー)のいる興信所が暴力団の抗争に巻き込まれるわけでもないし、誰も死なない。でもその台風の夜は非日常的で、離れて暮らす家族のそれぞれにとって特別な時間だったように思える。
北野武監督の「菊次郎の夏」が好きな人は気に入るんじゃないか。少し似てる。でも、「菊次郎の夏」は「情けないながらもかっこいい男の美学」が描かれているけど、是枝裕和監督はもうちょっとシビアな感じ。というか、主人公の「情けない男」描写がロマンチックになりすぎないように意図的に抑えてるのかもと感じた。「菊次郎の夏」も「海よりもまだ深く」も、冷たさと優しさが共存している。

色々と好きな所はあるんだけれど、伝わるように書くのが難しい。細々したお気に入りポイントを書いておく。
台詞の良い映画を好きになりがちなんだけど、この映画もさりげない台詞が素晴らしい。説明台詞がないのにちゃんと事情がわかるし、心にすっと入る。あとほとんど何も起こらないストーリーなのに、2時間が長く感じない。むしろ、何回かに分けて見たとはいえ、終わるのが早く感じた。興信所の設定と魅力的なキャストを使って盛大なハプニングを起こせそうなのに、そういう展開がないのも好き。欲張りすぎない感じ。是枝監督が元々ドキュメンタリーを撮っていたと聞いて納得した。なんでもないシーンでも、印象に残る。
あとは何と言っても樹木希林さんが素晴らしい。こんなことは邦画をよく見る人からすれば今更だろうけど、邦画をほぼ見たことない私には衝撃的だった。どこまで台本でどこからアドリブなんだろうってわからないけれど、何気ない台詞にも重みがある。樹木さんが「私が出ると映画の格が上がるのよ~」と言っていた記事を読んだことがあるけど、こういうことかと思った。孫の言葉につい涙ぐむけど、号泣するわけにもいかないから明るく会話を続けるシーンとか……難点は誰が主演でも樹木さんにひきつけられてしまう所かもと思うくらい。良かった。
それからこれは個人的なことだけど、離婚して離れて暮らしている家族の描写がとてもリアルで、自分の家族と重なった。是枝監督自身がどういう家庭で過ごされたかはわからないけど、片親家庭の描写が巧み。養育費払えなくて言い訳するけど元妻に相手にされてない主人公や、両親が険悪なムードになっているときにじっと大人しくしている息子に見覚えがありすぎて胸がぎゅっとなった。別に片親家庭じゃなくても、家族が喧嘩しているときに加勢できずに部屋で縮こまっているとか、かなり多くの人が経験したことのある気まずさではないかと思う。
映画「誰も知らない」の監督も是枝さんだそうで、この人の家族描写に弱いのかなあ。以前、予告のお母さん(You)が自分の母と似ていると思ったことがある。幸いうちはお金だけ残して姿を消すほどとんでも母ではなかったけど、妙に無邪気で憎めない所とか。

誰も知らない(プレビュー)

海よりもまだ深く」、とにかく良い映画だった。おすすめ。ネタバレを読んでも面白く見られる作品は凄い。