なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

『何もかも憂鬱な夜に』

昨日書いたとおり、中村文則著『何もかも憂鬱な夜に』を読んだ。2009年に単行本が刊行されたそう。私が読んだのは集英社文庫版で、解説がピース又吉さんなのがうれしい。
ネタバレあります。

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

この作品は、刑務官の主人公が、20歳で死刑になり控訴しようともしない「山井」との出会いをきっかけに、少しずつ変わっていく話。
去年の冬、きみと別れ』のようなエンターテイメント性はなく暗い作品で、私はこちらのほうが圧倒的に好きだ。ただ、登場人物が喋っているというより作者が言わせている感が強い部分もあった。あとは、『去年の冬~』もそうだったけど、やけに女性のキャラクターが薄いというか人間味がない感じもした。もっとも、『去年の冬~』は、女性キャラクターだけでなく皆そんな感じなんだけれど。一人称小説だからある程度は仕方ないのかな。
著者の中村さん自身が「この小説の様々な部分が、僕の個人的な部分に属する」と書いているので、むしろ主人公の内面に沈潜できるのが魅力とも言える。ともかく、普段小説は太宰治ばかり読んでいる私にとっては、とっつきやすく、得るものも多かった。

印象的だったのは、主人公の親友で、自殺してしまった真下の日記。彼は死ぬ前に主人公に自分の日記を送っていたのだけど、この内容が非常に暗い。自殺願望や他への憎しみ、主人公の恋人への性欲などが赤裸々につづられている。追い詰められて「駄目になってしまいたい」と書く心情は、少しわかる。特にひかれたのは、この文章。
「こんなことを、こんな混沌を、感じない人がいるのだろうか。(略)たとえばこんなノートを読んで、なんだ汚い、気持ち悪い、とだけ、そういう風にだけ、思う人がいるのだろうか。僕は、そういう人になりたい。本当に、本当に、そういう人になりたい。」
解説でピースの又吉さんもこの文章を引いてコメントしていてうれしくなった。
後に続く焚き火について書いた箇所で、タイトルにある「何もかも憂鬱な夜」という言葉が出てくるのも良い。
真下は自分の苦しみを癒やす場所を求めながら、その小さな望みを叶えられずに死んでしまった。生きるか死ぬか、犯罪を犯すか犯さないかといった境は、はっきりしているようでいて曖昧なのではないか。些細なきっかけで、人が大きく変わる可能性もある。そういったことを丹念に描いた作品だと感じた。文章は難しくないんだけれど、内容は胸に重く迫ってくる本だった。