なんの変哲もない日

この田舎の犬は都会で死ぬかもしらん

映画『疑惑のチャンピオン』感想

ネタバレあります。アマゾンでレンタルして見た。面白かったなあ。 


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映画のストーリーはだいたい上記の映像どおり。がんから復帰し、ツール・ド・フランス7連覇を達成したランス・アームストロング。しかしその記録は、チーム全体でドーピングを行ったうえに隠蔽工作を重ねて実現したものだった。引退→復帰→引退後、アームストロングはドーピングを理由に過去のタイトルを剥奪され、業界からの永久追放処分を受ける。2013年、アームストロングはテレビのインタビューでドーピングを認め謝罪した、という話。
オリンピックのドーピング問題に興味を持って色々調べていて、この映画にたどりついた。オリンピックでいうと、1980年代頃はドーピングが横行していて、とくに陸上競技ではいまだに破られていない記録が多いそう。何も知らないで見たら「昔は凄い選手がいたんだな」と楽しめたんだろうけど、国・年代の偏りが異様で物悲しい。個人競技でのドーピングはより勝敗に直結する印象があるし、「ズル」という感じが否めないけど、やらないと勝てない時代だったんだろうなあ。
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映画で扱われていたツール・ド・フランスでも、ドーピングがかなり盛んだったみたい。ランス・アームストロング始め優勝経験者のwikiを見ると大体ドーピング検査に引っかかって認めていたり、疑惑があったりする。映画のなかでチームメイトも勧められたとはいえ結構すぐドーピングを受け入れていたから、ある種公然の秘密だったのかなと。
そういう背景を知るとドーピング自体には驚かないけど、アームストロングのやり方にはびっくり。当然のようにチーム全員にやるよう指示するし、彼を批判する選手や関係者には「金と権力でお前潰すぞ」と圧力をかける。抜き打ち検査のときは、保管しておいた正常な血液を体内に戻したり、血液を水で薄めたりして陽性反応を避ける。陽性反応が出たときは治療薬の処方箋を捏造してもらう。おまけに仲間には冷淡。7連覇したうえ、疑惑があるのに現役復帰する堂々としたふるまい。多分彼としては「世間にバレなきゃOK」だったんだろう。「疑惑のチャンピオン」というタイトルだけれど、疑惑でもなんでもなく、業界内部では皆知っていて、それでもスターだから糾弾できないって感じだった。
この映画は全体的にあっさりした描写ながら、所々印象的なシーンがあって良かった。もっと罪悪感で悩んだり薬物使用の場面が退廃的に描かれたりするのかなと思っていたけど違った。とくに序盤なんか軽快な音楽・テンポの良いカット割りで初めてのドーピング→チーム快勝が描かれていて、普通のサクセスストーリーみたいに見える。青春ムービーの雰囲気でチームメイトと一緒に血液ドーピングしているのとか結構コミカル。そんな場面のあと、祝勝会でアームストロングの丸まった背中が映るシーンが好き。セリフはなくても、ここで一線をこえたんだとわかる。
あと、アームストロングと交流があった記者が、ガンから復帰後のツール・ド・フランス優勝の映像を見てドーピングを(ほぼ)確信するシーンも良かった。周りの同僚が皆凄い凄いとはしゃいでいるなかで、疑いと失望の表情を浮かべているところ。この記者のおじさん、復帰前のレースのときはドーピングに気づかず喜んでいたからその場面とのコントラストもあって。
それと中盤から出てきたフロイド・ランディス(俳優さんが本人とかなり似てる)も「あとでアームストロングともめそうな後輩」感が随所に出ていて良かった。敬虔なキリスト教徒の家庭に育っていろんな葛藤があったみたい。検査で陽性反応が出てからアームストロングにチームに入れてくれるよう頼んですげなく断られたあとの表情が好きだった。電話口で罵倒するんじゃなくて、完全に袂を分かつ、告発してやるという顔で静かに話を終えるところがなんとも言えない。登場人物は好戦的な人が多いのに、喧嘩の仕方は露骨じゃなく陰湿なのがリアル。
見ている側としてはドーピングで強いよりは何もせず弱いほうがいいと思うけど、ほとんど皆やってたら選手はやるしかないって感じるだろうなあ……。アームストロングはともかく、やってても優勝できなくてひっそり引退していった人もいるんだろうな、とかいろいろ考える。もやもや。